戦後の復興に見る建設業の歩み「建設業急成長の黄金時代」(6)

 世の中が経済発展を遂げている時に、建設業も急成長しています。1954年~1970年は、黄金時代と呼ばれ、時代の大きく変えていきました。まず、1955年(昭和30年)に、日本住宅公団が設立されました。この日本住宅公団は、かつて戦前に存在し、GHQにより解体させられた住宅営団を参考に、日本住宅公団法より設立されました。集団住宅・宅地の大規模な供給と新市街地の造成を行うためであり、住宅及び宅地の建設又は、造成、分譲、賃貸、その他の管理及び譲渡の他、ニュータウン開発における新住宅市街地開発や土地区画整理事業の計画・施行でした。設立当初は、建築部設計課内に、土木と建築の技術者双方が所属していました。宅地部は別組織でしたが、一体的設計を行っていました。

 次に、1956年(昭和31年)日本道路公団が設立されました。日本道路公団は、日本道路公団法に基づき設立され、公団の資本金は、全額日本国政府が出資しました。業務は、高速自動車国道の設計、建設、有料道路の管理の他、「有料の自動車駐車場の建設、管理」、「高速自動車国道のサービスエリア、パーキングエリアなどにおける道路サービス施設の建設、管理」、「関連するトラックターミナルなどの建設、管理」でした。

 又、1956年(昭和31年)原子力研究所が設立されました。原子力研究所は、かつて存在した原子力に関する総合的な日本の研究機関で、日本原子力研究所法に基づき、日本の原子力平和利用の推進を目的として設立されました。アメリカ合衆国のアルゴンヌ国立研究所に留学していた技術者たちが帰国後、茨城県東海村の日本原子力研究所で、本格的な原子力平和利用の研究を開始し、日本初の原子炉を完成させました。

 次回は、平成バブル期に至る過剰経済拡大期について考えていきます。

最新記事

アーカイブ