戦後の復興に見る建設の歩み「戦後復興期」(3)

 今回は、混乱から脱出しようとした戦後の復興期(1950年~1954年)について考えていきます。まず、世の中が大きく動き出した転換期に、1950年(昭和25年)朝鮮半島において、北朝鮮と韓国との戦争が勃発しました。これに伴い、在朝鮮アメリカ軍、在日アメリカ軍から日本に、大量の物資が発注されました。アメリカは、直接調達方式により、この大量の物資を、日本から買い付けることとなったため、1950年から1952年までの3年間に、特需が起こり、その額10億ドル、1955年までの間接特需として、36億ドルの需要がありました。この時、日本がこれらの需要に応えられる供給力を持っていたため、北朝鮮の侵略を食い止めることとなりました。

 又、日本は、挑戦戦争特需により、鉱工業生産は、1950年後半から急上昇に転じ、1953年(昭和28年)には、22%増と高成長を維持しました。ところが、1953年の経済白書には、「特需があるがために、日本の経済水準は上昇したのだが、特需にすがりつかなければ、立ってゆけないような歪んだ経済の姿に陥ったことは、むしろ特需の罪に数えなければならぬ」と、述べられています。例えば、特需ブームは、ドッジプランの実施で収まっていたインフレを再燃させ、卸売物価は、挑戦戦争勃発後の1年間に、52%も上昇しました。その結果、日本の国内物価は、国際的に割高になり、輸出の停滞を招きました。この特需への依存は、日本経済のアメリカへの従属・依存を強める結果を齎しました。

 次回は、戦後復興期の建設業について考えていきます。

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