江戸の歴史探訪「江戸のまちづくり」江戸の職人(46)

 今回も引き続き、江戸の職人の暮らしぶりについて考えていきます。前回述べたように大工、鳶、左官の職人は、稼ぎが良く、女性の憧れの的だったと言いますが、その暮らしぶりを、大工の例で見てみましょう。夫婦と子供一人の3人暮らし。標準的には、九尺二間の長屋は、間口が九尺で、奥行きが二間の六畳で、これに台所の土間があるだけです。年収の殆どは、店賃(家賃)、飯米、調味料、道具類、衣服代、祭礼、お布施などで、殆ど残らないと言います。「宵越しの銭は、もたね~」と、粋がった江戸の職人は、江戸っ子と言っても、地方から出稼ぎにきて、そのまま江戸に住みついた人々でした。そのため、大した稼ぎは得られず、その日暮らしの生活でした。

 江戸では、火事が多く、焼け跡の片付け仕事や大工仕事の手伝いなど、仕事はいくらでもありました。そのため、その日暮らしでも金に困ることはなかったと言います。従って、道具があって、仕事さえすれば、日銭が入るため、食べていけたと言うのです。江戸の職人たちは、「銭は、明日、また働けば稼げる」という気楽さがあったといいます。江戸の職人たちの言葉に、「べらんめえ」や「てやんでえ」がありますが、この頃に生まれた言葉です。

 次回以降は、戦後の復興に見る建設の歩みについて考えます。

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