建設の歴史探訪「江戸のまちづくり」火事と長屋(37)

 今回は、江戸のまちづくりにおいて、火事と長屋について考えます。「火事と喧嘩は江戸の花」という言葉があります。この言葉の意味は、江戸は、大火事が多くて、火消しの働きぶりが華々しかったことと、江戸っ子は気が短く、派手な喧嘩が多かったことから、こう言われました。

 又、江戸の長屋の造りは、簡単な造りでした。火事となれば、すぐに燃えてしまい、ただでさえ密集して建てられた町の中では、瞬く間に延焼が広がりました。人々は、いつ何時、長屋がなくなってしまうか分からないことを承知していました。いくら工夫を凝らしたところで、仕方がないことも分かっていました。しかも、江戸の消火活動は、火が燃え広がる方向の長屋を取り壊し、燃えるものを無くしてしまうことでした。まだ、先で火事が燃えているのに、燃える方向にある自分の長屋が壊されてしまうという、「破壊消火」であり、些か乱暴な消火活動でした。

 江戸っ子の「宵越しの銭は、もたねえ~」と言った言葉も、実は、火事で焼け出されて、家財道具や金銭を無くすくらいなら、その前に使ってしまえと言うのが、本当のようです。そのため、火事が起こったら、すぐ壊すため、江戸の長屋は、わざと安普請に造られていました。もっと言えば、壊すことを前提に、組みたてられていたということでした。

 次回も、火事と長屋について考えていきます。

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