建設の歴史探訪「街道の整備」(14)

 今回も五街道の整備について考えていきます。まず、日光街道です。日光街道は、江戸から日光坊中(下野国都賀郡日光東照宮)に至る街道のことです。1636年(寛永13年)に徳川家康を祀る日光山の参詣を目的に街道を整備したと言われています。そして、奥州街道です。奥州街道は、江戸から宇都宮までの道程が、日光街道と共通であり、そこから白河に至る街道です。現在は、東京と東北方面を結ぶ国道4号線です。江戸時代の初期は、主に東北諸藩の参勤交代のために、整備されましたが、江戸中期になると、蝦夷地開発のために街道をさらに伸ばし、整備した街道です。

 五街道は、いずれも日本橋を起点として、徳川家康が計画し、整備に着手したと言います。2代将軍秀忠の代になり、基幹街道に定められた、陸上幹線道です。この陸上幹線道は、現在の主要な国道となっています。そして、五街道の枝道、古街道として、脇街道(脇往還)が設置され、財政や幕府直轄領の支配などを司る勘定奉行の管轄下に置かれています。

 次回も、五街道の整備について考えます。

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