コストマネジメントによる戦略的な組織構築(4)

今回は、公共事業費削減の時代(2002年~2010年)について、コストマネジメントに対する認識を見てみましょう。

この時代は、国及び地方自治体とも公共工事を意図的に削減していきました。自民党の総裁且つ総理であった小泉首相の改革によるものでした。プラザ合意による公共投資の結果、国の財政は借金まみれとなり、建設国債が膨大に膨らみました。そこには、健全な経済活動が訪れることがありませんでした。大幅に削減されていく公共投資額に、多くの企業は工事を奪い合うという、今までに経験したことのない競争環境下に置かれることになりました。

与えられることに慣れていた建設業界は、自ら戦略的な取り組みを実践してこなかったつけが重くのしかかり、経営の悪化を余儀なくされたと言えます。本来ならば、つまりコストマネジメントに対する備えができていれば、競争に勝つためやリスクヘッジが、戦略的に機能していたはずでした。しかし、多くの企業は、従来のやり方を変えることができず、待ちの経営或いは閉鎖的且つ囲い込みにより、競争環境になじめず倒産する企業が続出しました。このような企業は、保守的な体質を引きずり、危機意識もなく、コストマネジメントに取り組むこともありませんでした。

何故、経営の危機的状況に至っても、コストマネジメントに移行できなかったかと言えば、次のような原因が考えられました。

①地方には、公共工事しかないという思いがあり、必ず国や地方自治体が助けてくれると信じている

②経営者が、今までに経験したことのない経営手法であり、他社と異なるやり方に抵抗感があった

③コストマネジメント自体がわからない或いは興味もなく、公共事業さえ増やしてくれれば立ち直れると信じていた

④経営改革を支援する外部の専門家を単独で活用しようとは思わない

⑤建設業の経営について学ぶ機会はなく、お金を払ってまで聞こうとは思わない

⑥そもそも費用対効果を上げるための取り組みは頭になく、工事を受注すれば、自然と利益は確保できると思っていた

⑦経営者を支える優れた番頭及び後継者を育ててこなかったことや経営者の周りに、経営について語れる良き相談者もいない

など、聞きたくない言い訳に聞こえますが、経営者は孤独であり経営を維持しなければならない立場から、何とか踏ん張ってきたという自負があると思います。それだけに、このような環境下においても、迅速な決断を下し対処する必要がありました。この時代は、経営者にとり、大変不幸な時代だったと思いますが、未だ自ら体質を変えていく決断をした経営者は少ないと言えます。

さて、次回は、2011年から現在に至るまでを考えます。

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