建設産業の歴史を紐解く旅(1)

今回から、建設産業の歴史を紐解く旅と題して昔の建設にまつわる話しをお伝えします。建設が産業として、人々の暮らしに定着してきたのは、主に江戸時代からです。次の3つの取り組みだと言われています。

①「人々の往き来ができる街道の整備」、②「北前船の流通発達による航路及び寄港地の整備」、③「大名の権力を示したまちづくり」です。

これらの取り組みは、日本の天下統一を図った江戸幕府を開いた徳川家康の国づくりが端を発しています。江戸時代に入り、本格的な整備が始まっていきました。そして、さらに遡ること戦国時代にその火種がありました。この戦国時代には平和な時代を渇望する人々の声があり、その平和な社会を形成するための「営み」でもあると言われていました。今で言う「社会資本整備(インフラ整備)」のはじまりです。

さて、本格的な取り組みは江戸時代ですが、この時代にいくつかの興味深い言葉があります。まず、江戸時代の気っぷの良さを表した「職人気質」という言葉です。この時代を象徴すると言われる言葉であり、職人と言えば「大工、左官、鳶」の三職で、花形職人とも呼ばれていました。この「職人気質」とは、誇り高く粋で威勢が良いという長所を持つ反面、軽率でおっちょこちょい、鼻っ柱が強いという欠点も合わせ持っていたと言われています。

この「職人気質」は、建設業のみならず、製造業においても脈々と生き続けている言葉でもあり、今の時代この「職人気質」を持った製造業の職人たちが、時代をリードし、最高のぎじゅ技術を提供し続けていると言っても過言ではありません。ところが、建設業はどうでしょうか。建設業における職人たちは、時代から消えていく状況にあり、寂しい限りです。

又、同じく江戸時代、「普請(ふしん)」という言葉があります。この「普請」とは、土木工事のことです。当時、江戸城などの築城や治水、利水、そして主要な街道や港といった大規模な「普請」の需要が高まりました。この「普請」は、大量の資材と人足を必要とする工事で、天下統一を図った江戸幕府が、国家権力を持ち諸大名に「大名御手伝普請」を発令したことからはじまりました。

「街道」、「航路」、「まちづくり」の3つの整備は、経済活動の基盤でした。この3つの整備を中心に、時代を遡り先人の足跡を探訪して見たいと思います。次回は、①「人々の往き来ができる街道の整備」についてです。

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